退去費用の見積書を前に、内訳の項目を指で追っている大学生

賃貸の退去費用、そのまま払って大丈夫?|原状回復で損しないための手順

退去の立ち会いで金額を告げられ、その場でサインを求められる。判断材料が何も無い状態で、断りづらい空気だけがあります。ここで知っておくべきなのは相場ではありません。何が借主の負担で、何がそうでないかという線引きです。

請求されてから慌てるのは、線引きを知らないから

退去の立ち会いは、たいてい短時間で終わります。担当者が部屋を見て、その場で金額の目安を言い、書類にサインを求める。断る理由も、金額が妥当かを判断する材料も、こちらには何もありません。

それでも困るのは、金額そのものではありません。何にいくらかかったのかが分からないまま、払うかどうかを決めさせられることです。

この状況は珍しくありません。国民生活センターに寄せられる賃貸住宅の原状回復に関する相談は、2023年13,273件、2024年13,312件、2025年14,711件と、毎年1万3千件を超えています。2026年2月にも改めて注意喚起が出されています

ハル

これ、その場で「はい」って言っちゃったらもう終わりってこと?

教務課・佐藤さん

終わりではありませんが、後から覆すほうが手間はかかります。

分からないものにその場で同意しないでください。

それだけで違います。

出発点は民法621条

原状回復の範囲は、法律に書いてあります。

民法第621条は、賃借人が負う原状回復義務について、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」と「賃借物の経年変化」を除くと定めています。つまり、普通に住んでいて生じた消耗と、時間が経ったことによる変化は、借主が元に戻す義務の範囲外です。

国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインも、この考え方を具体化したものです。国民生活センターも同様に、通常の使用により生じた損耗と経年変化は借主が負担する原状回復の範囲に含まれず、借主の責任による損傷が対象になると整理しています。

ただし、「通常損耗なら絶対に払わなくていい」とは言えません。

契約書に特約が付いている場合や、損傷の程度が通常の使用を超えていると判断される場合があるためです。ガイドライン自体も、契約内容との関係を前提にしています。ここを断定的に覚えると、逆に交渉で足をすくわれます。

正しい理解はこうです。通常損耗と経年変化は、原則として借主の負担ではない。だから、請求されている項目がそのどれに当たるのかを、内訳で確認する必要がある。

どちら側の負担になりやすいか

境目の感覚を持っておくと、内訳を見たときに引っかかる場所が分かります。

退去費用の内訳を通常損耗・経年変化・故意や過失の3つに分けて考える図
状態位置づけ
日照によるクロスや畳の変色経年変化。原則として借主負担ではない
家具の設置による床のへこみ、カーペットのくぼみ通常損耗。原則として借主負担ではない
冷蔵庫の裏の電気焼け(黒ずみ)通常損耗として扱われるのが一般的
画鋲やピンの穴(下地に達しないもの)通常の範囲として扱われることが多い
引っ越し作業で付けた床の擦り傷借主の過失。負担の対象になり得る
タバコのヤニ・臭い通常の使用を超えるとされ、負担の対象になり得る
結露を放置して広げたカビ・腐食手入れを怠ったとして負担の対象になり得る
壁に開けたネジ穴・釘穴(下地の補修が要るもの)負担の対象になり得る

分かれ目は「普通に住んでいれば避けられたか」です。 住んでいれば必ず起きることは通常損耗、住み方の問題で起きたことは借主の責任、というのが大まかな線です。

請求されたときの手順

順番があります。逆にすると不利になります。

1. その場で全部を認めない

金額を告げられても、内訳が分からないうちは同意しないでください。断る必要はなく、「内訳を書面でいただいてから確認します」で足ります。

立ち会いは部屋の状態を一緒に確認する場であって、金額を確定させる場ではありません。サインを求められた書類が何の書類なのか分からないなら、それも聞いてください。

2. 内訳を出してもらう

「原状回復費用一式」では確認のしようがありません。求めるのは次の粒度です。

  • どの箇所か(部屋名と場所を特定できる書き方)
  • 何の作業か(クロス張替え・床材交換・クリーニングなど)
  • 数量と単価(面積、枚数、時間)
  • その費用を借主負担とする根拠(通常損耗ではないとする理由)
  • 経過年数を考慮しているかどうか

3. 入居時の写真と照合する

ここで、入居初日に撮った記録が効きます。請求されている傷が入居前から有ったなら、その写真が答えです。

記録が無い場合でも詰みではありませんが、話は「証拠の突き合わせ」から「主張の突き合わせ」に変わります。次に引っ越すときは、入居初日にやることの手順3を先にやっておいてください。

4. 通常損耗・経年変化・故意過失に仕分ける

内訳の各項目を、3つに分けます。

通常損耗(普通に住んでいて生じる消耗)、経年変化(時間の経過による変化)、故意・過失による損傷(自分がやったこと)。前の2つに当たるものが借主負担として計上されていないかを見ます。

5. 経過年数と補修範囲を確認する

ここが一番見落とされます。

国土交通省のガイドラインは、借主の負担になる場合でも経過年数を考慮するとしています。クロスなどの内装材には耐用年数が設定されていて、住んだ期間が長いほど、その資産価値はすでに減っています。新品同様に戻す費用を全額借主が負担する形にはならない、という考え方です。

もう1点、補修の範囲は必要最低限度が基本とされています。壁1面のうち1か所を傷つけた場合に、部屋全体の張り替え代を全額請求されているなら、そこは確認する価値があります。

ミオ

請求書を見るとき、金額の大きさより先に「何年住んだか」と「どこまで直したか」を見たほうがいいってこと。

合計だけ見ても判断できないよ。

6. 納得できなければ相談する

やり取りが平行線になったら、一人で抱えないでください。消費者ホットライン**「188」**に電話すると、最寄りの消費生活センター等を案内してもらえます。

持っていくものは、契約書、請求書と内訳、入居時と退去時の写真、やり取りの記録です。揃っているほど話が早く終わります。

やってはいけないこと

自分で修繕してから退去する

これはやらないでください。 一見、費用を抑える行動に見えますが、逆効果になり得ます。

借りている部屋は貸主の資産です。借主が無断で手を入れると、原状回復のトラブルになる可能性があります。 補修の仕方が適切でなければ、直した箇所ごとやり直しになり、費用が増えることもあります。傷や不具合に気づいた時点で、まず管理会社に連絡するのが正しい順番です。

ユウタ

えっ、壁の穴とか自分でパテ埋めしといたほうが安く済むと思ってた。

リナ

それ、貸してる側からすると「勝手に触られた」になるんだよね。

まず連絡、が結局いちばん安い。

内訳を見ずに払う/内訳を見ずに拒否する

どちらも同じ間違いです。判断材料を見ないまま結論を出している点が共通しています。

「全部払う」も「一切払わない」も、根拠が無ければ交渉になりません。国民生活センターも、原状回復費用の見積について根拠を確認し、通常損耗に該当するかどうか判断を求めることを消費者へのアドバイスとして挙げています。

連絡を無視して放置する

学生の引っ越しは学期の切れ目に集中し、その時期は就活や試験と重なりがちです。それでも放置すると、請求が確定した扱いで進み、後から動くほど不利になります。

退去の1か月前からやっておくこと

請求されてから動くより、先に手を打つほうが楽です。

  • 契約書を読み直す(解約予告の期限、クリーニング特約の有無と金額、敷金の扱い)
  • 解約の申し入れ期限を確認する(多くは1か月前。遅れるとその分の家賃が要る)
  • 入居時に撮った写真とチェックシートを探しておく
  • 退去前の状態を、入居時と同じ画角で撮っておく
  • 自分で付けた傷と、元からあった傷を分けてメモしておく
  • 掃除はする(ただし修繕はしない)

最後の1行が重要です。掃除と修繕は別です。 汚れを落とすのは借主がやってよいことですが、壊れたものを直すのは貸主に判断してもらうことです。

まとめ:見るのは金額ではなく内訳

退去費用が高いかどうかは、合計金額を見ても判断できません。判断できるのは内訳だけです。

順番だけ、もう一度置いておきます。

順番やること
1その場で全部を認めない
2内訳を書面で出してもらう
3入居時の写真と照合する
4通常損耗・経年変化・故意過失に仕分ける
5経過年数の考慮と、補修範囲を確認する
6納得できなければ188へ相談する

この記事の内容が実際に使えるかどうかは、入居初日に記録を残したかどうかでほぼ決まります。 これから引っ越す予定があるなら、賃貸の入居初日にやらないと後悔することを先に読んでください。1時間の作業です。

よくある質問

普通に生活してできた傷や汚れは、借主が払うのですか?

民法621条は、賃借人の原状回復義務から「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」と「経年変化」を除いています。日照によるクロスの変色や、家具を置いたことによる床のへこみは通常損耗にあたるとされるのが一般的です。ただし契約書の特約や実際の損傷の程度によって個別に判断されるため、通常損耗なら必ず払わなくてよいと断定できるわけではありません。

退去の立ち会いでサインを求められたら、その場で書くべきですか?

金額や内訳に納得できていないなら、その場で署名する必要はありません。持ち帰って確認したいと伝え、見積の内訳を書面で出してもらってください。立ち会いは金額を確定させる場ではなく、状態を確認する場です。

クロスの張り替え代を全額請求されました。妥当ですか?

国土交通省のガイドラインは、借主負担になる場合でも経過年数を考慮するとしています。壁のクロスには耐用年数が設定されており、入居期間が長いほど借主の負担割合は下がる考え方です。また補修の範囲も、必要最低限度が基本とされています。1か所の傷で部屋全面の張り替え代を全額負担する形になっていないか、内訳で確認してください。

ハウスクリーニング代は必ず払うものですか?

契約書にクリーニング費用の負担に関する特約があるかどうかで扱いが変わります。特約があっても、金額が明示され、借主がその内容を認識して合意していたかが問題になります。まず契約書の該当条項を確認し、金額の根拠を求めてください。

納得できないときはどこに相談すればいいですか?

消費者ホットライン「188」に電話すると、最寄りの消費生活センター等を案内してもらえます。大学に学生相談窓口や法律相談がある場合はそちらでも構いません。請求書と契約書、入居時と退去時の写真を揃えてから相談すると話が早く進みます。

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